鈴木俊貴(京都大学白眉センター特定助教)先生のお話です。
シジュウカラという小型の鳥に言葉があることを、世界で初めて証明した。実はこれまで猿などの霊長類も含めて、人間以外に言葉の存在が証明された例はない。軽井沢の森で1年の半分以上を過ごし粘り強く観察を続けた僕の論文は、たちまち世界の注目を集めた。
きっかけは生物学を専攻していた大学時代。シジュウカラが明らかに他の鳥より鳴き声の種類が多いと気づいた。しかも状況に応じて使い分けている。動物学や言語学で人間以外は「怖い」「好き」などの感情のみ伝えていて、単語や文法は持たないと考えられてきた。興味をそそられ「鳥語」を研究すると決めた。
まず取り組んだのが単語の証明だ。「ジャージャー!」。ヘビが巣に襲いかかると、親鳥が聞いたことのない鳴き声をあげて警戒していた。「ヘビ」という単語になっているのでは? 証明方法は確立されておらず、手探りで進めるしかなかった。100個近い巣箱を取り付け、ヘビの剝製を使って実験すると、結果は思った通りだった。
とはいえ「怖い」などの感情を表しているだけの可能性もある。そこで別の天敵の剝製を見せると、タカなら「ヒヒヒ」と鳴くなど、使い分けていることがわかった。「ジャージャー」と聞くと地面や茂みなどヘビがいそうな場所をじっと見る。一方「ヒヒヒ」なら藪(やぶ)に逃げたり、上空を見上げたりする。
果たしてこの観察だけで言葉を持つといえるだろうか。ごろ寝していてひらめいた。「見間違い」を利用しよう。
心霊写真を思い浮かべてほしい。白いモヤを「顔だよ」と見せられると顔に見える。それは人間が「顔」という単語から顔の画像をイメージするからだ。鳥が単語を理解するなら、「ジャージャー」と聞いたときに普段なら間違わないものをヘビと勘違いするはず。
用意したのは木の枝だ。紐(ひも)を使ってヘビのように動かした。同時にスピーカーから「ジャージャー」と聞かせると、鳥たちはまるでヘビを見つけたかのように近づいた。違う音ではそうならない。これを決め手に論文にしたのが2018年。鳥は賢くて1回しかだまされないから、ここまで10年かかった。
次に証明したのが文章だ。語順を入れ替える実験で、文法があることまで明らかにした。天敵のモズが現れると、「ピーツピ(警戒しろ)・ヂヂヂヂ(集まれ)」と声を出し、集まってモズを威嚇する。ところが語順を逆にして「ヂヂヂヂ・ピーツピ」と合成した声を聞かせても反応しない。
こんなふうに証明法を編みだし15年以上観察を続け、コツコツと明らかにしてきた。他にも「ツピー」「チッチッ」など20以上の単語を使い分け、200種類以上の文章を作っていると考えられる。毎年発見の連続で、研究のネタはつきない。
研究を通じて見えてくるのは、人間が特権的な存在ではないということ。豊かな言葉の広がりを知れば、世界の見方が変わるに違いない。8月に動物学で最も権威のあるスウェーデンの国際学会で基調講演し、「動物言語学」という新たな学問分野を提案した。
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